3Dプリントのプロセス、またはその設計のマインドについて


まえがき                      

これはmstdn.maud.io Advent Calendar 2024 4日目の記事です。

昨日はroutehachi氏の「第2言語(韓国語)を習得してみる」でした。 

さて2019年からアドカレに毎年席をいただいているわけなんですが、早いもので6年目。 

その年に作ったものとか壊したバイクとかを書いてきたんですが、毎年やってるとさすがにネタに困り始めてきたのもあり、ちょっと毛色を変えてみます。 

3Dプリント品をゼロから設計しつつ、そのプロセスにおいて考えていること、気をつけていることとかを書き綴ってみようと思います。 

しばしお付き合いをば。

 

 

計画                        

まずは何を作るかを決めないといけない。

ちょうど入用なので、紙ヤスリホルダと呼ばれるものを作ってみようと思います。 

目指すのはこんな感じのものですね(すごいドメインだ!)。

固定機構のついた平面のブロックで、市販の紙やすりを細長く切って巻き付けて使います。

手で紙やすりを当てるより遥かに楽に、かつ正確に平面を作れるというわけ。

 構成部品の全部を3Dプリントで作ろうとすると大変なうえ、プリンタの精度限界を超えるようなところも出てくるので、ある程度は市販品を組み合わせます。 

今回だと紙ヤスリはもちろん、紙ヤスリを固定するためのクランプ部品を留めておくネジが市販品ですね。 


 とりあえず紙にスケッチしつつ、組み合わせる汎用品の現物とノギスを持ってきて設計を始めます。

なんだかんだ言ってラフスケッチの段階では紙を使うのが一番やりやすいですね。 

3Dモデルを起こすにはまずどういう形状を作りたいのか、求めているのはどんな形なのかをきっちりと認識しておく必要があります。 

このくらい簡素なモデルなら最初からCADでやり始めてもいいんですが、せっかく記事なので丁寧に。

長辺140mm・短辺76mmちょっとの紙やすりがいっぱいあるのでこれに合わせて作ります。400/1000/1500番というだいぶ雑な刻みだけどままえやろ。 

5mmのネジなんかは穴開けておけば適当に立つとして、キーとなるのは紙ヤスリを巻きつける外周の長さですね。 

紙ヤスリは消耗品なのでちょいちょい取り換える必要がある。 

その時に幅と長さをいちいち厳密に測って切り出して……みたいなことはやりたくない。

幅はともかく長さ方向は手を加えない140mmのまま使うような設計にできるはず。 

そうなるとホルダの外周総延長がクランプ部含め140mmになるような設計にしないといけませんね。 

ネジは紙やすりを貫通できない(穴を開けられないことはないが消耗品にそんな工数かけたくない)のでそこも考慮する必要がある。 

そして外れないようクランプ部はある程度の長さ(挟み面積)を確保する必要があり……と考慮すべき点が見えてきました。 

 

 

設計                        

 作りたいものが把握できたらCADを起動します。 

わたしは慣れ切ってしまっているためRhinoceros 5.0というソフトを使っています。 

本来デザイナーがプロダクトの概観をデザインするためのソフトで、機械設計のためのツールではないらしいですが…… 

今から始める人はAutodesk Fusion360とかOnshapeとかが無料かつ強力、解説も豊富でいいと思います。
わたしは移行コスト払うのを先延ばしにしてるだけ。 

まずは線(Polyline)で箱を書きます。 

3Dモデルの作り方にもいろいろありますが、わたしは基本的に断面図を書いてからそれを押し出して立体にする(2D→3D)方法でやっています。

なのでこの四角い箱に要素を追加して欲しい形状の断面にしていきます。
選択した線の合計長さを教えてくれるコマンドなどもあるので活用しつつ。 

あと140mmの紙ヤスリを巻きつけたからといってその総延長が140mmぴったりになるわけではないのは注意が必要ですね。
巻く際のたるみだったり、ヤスリ自体の厚みによる曲率の差だったりで必ず1mmくらいはヤスリ側が短くなります。
ある程度のマージンをもって設計しておくことが大事。 

納得のいく断面形状になったら押し出します。
二次元から三次元への昇格ですね。

そんな感じでヤスリを押さえるためのクランプ部品も作ります。
こんな簡素な構造で大丈夫か?ともなりますが、なにせ相手が非常に摩擦の高い紙ヤスリなもので、これでも十分な摩擦力が確保できるかと。 

クランプ部品はM5(5mm穴に通る)ネジで固定するんですが、そのためにはクランプ側にネジを通す穴、ホルダ側にはネジと噛み合うためのネジ山が必要。
……なんですが、ネジ山は3Dプリントするには少し精密すぎるんですね。

例えばこんな感じでナットを仕込む手もありますが、これはちと煩雑。
今回はヤスリを支えて切削物に対して平行に保持するための底面に穴を開けたくないという事情もあります。 

なので今回はちと乱暴ですが、ホルダ側に4.5mmの穴を開けておいて、ネジをむりやり捻じ込むことでタッピング(ネジ山を作る)する工法とします。
3Dプリントの材質であるPLA(polylactic acid、人民解放軍ではない)がそれなりに柔らかいから使える手法でもありますね。

ネジが締まりきって締結力を発揮する前に先端が穴の底についてしまわないよう、ネジ穴の深さも考慮する必要があります。
+1mmくらい取っておくと安心。 

 

シンプルに穴をあけただけですが設計は完了。 

出力前に横倒しにしておきます。
これは3Dプリンタの積層という工法上、縦方向に穴を作るのが比較的苦手だからですね。 

 


印刷の前準備                    

 RhinoはモデルをNURBSという数学モデルベースの形式で作成するので、これを三角面で構成されたポリゴンメッシュに変換します。

これもコマンド一発でできます。たまに面が破綻したりするけどそれは後でなんとかします。

メッシュ化したモデルだけを.stl形式で保存しておきます。Rhinoのデフォルトファイル形式は.3dmという独自規格です。
このへんの気の利かなさが設計用CADでない所以というか、今から始めるなら別のCADを……と言った理由ですね。 

この.stlファイルはそのままでは印刷できません。これを3Dプリンタが読める形式、つまりどの座標からどの座標までヘッドをどのくらいの速度で動かして、その間ノズルは何℃に保ち、フィラメントをどれだけの速度で押し出せ、という指示に変換してやる必要があります。
この指示はGコードと呼ばれる形式ですね。もともとは工業用NC機械の制御に使われていたらしいです。 

 変換にはスライサと総称されるソフトウェアを使用します。わたしはCuraEngineというスライサをRepetier-Hostなる管理ソフトで使っていますが、やはりこれが慣れているからという理由です。たぶんもっとモダンで使いやすいのがいろいろあるはず。 

このへんは扱いとしては完全に工具ですね。「動いているものをいじるな」です。
わたしは最高にモダンで効率的な3Dプリントを追求したいのではなく、考えたものをプラスチックの塊として手に取りたいだけなんです。 

Sliceボタンを押せば数秒でスライス、つまりGコードへの変換が完了します。
青い線の通りにプラスチックを押し出しながらヘッドを動かせ、という指示ですね。 

モデルの周囲にある四角い線はスカートといい、試し書きのようなものです。
フェルトペンみたいな感じで、いきなり本体の印刷を始めるとインクに相当する溶けたフィラメント(糸状のプラスチック)が出ないことがあるんですね。
そうするとプリンタの印刷面(ベッドといいます)に接触する1層目とベッドの接着が悪くなり、最悪出力中に剥がれることすらある。
多少フィラメントが無駄にはなりますが印刷物全体が駄目になるよりはよっぽどマシです。 

あとはこれをSDカードに保存して……

えっ2024年にフルサイズの4GBのSDカード?Wi-Fi経由でデータ送るとかじゃなくて?はい。

Repetier-Hostにはローカルサーバを立ててネットワーク経由でプリンタを制御するようなオプションもあるんですがわたしは使いません。

どうせプリンタは印刷前に物理的に点検しないといけないし物理データ転送でいいのだ。

3Dプリンタに突っ込み、印刷開始です。 

 

 

印刷                        

 あとは1時間ほど待っておけば勝手に製品が出来上がるんですが、まあこれがそれなりにうるさい。 


ステッピングモータがPWM制御で回る際のピイピイという変調音が延々と鳴り響きます。
高音かつ音程が絶え間なく変化するので結構気になります。動作中に寝るのは慣れがいるレベル。 

プリンタ本体の話をすると、わたしが使ってるのはこれです。

2018年に買った時は4万5千円くらいで、フィラメント切れ検出スイッチとかライトとか豪華なものはついてなかったはず。
もう6年前のモデルなので、モータドライバ(ソフトウェアではなくモータへのPWM信号を管理する基盤)が現代の水準からすると古いんですね。当時はそれなりに安くて出力可能最大サイズがデカくて良い部類だったんですが……

流石に更新されてると思うけど今からこれを買うのはお勧めしません。わたしも手元にあるから使ってるだけ。 

最近だとBambu Lab A1 miniとかCreality Ender3とか(ブラックフライデーセールで)3万切るくらいの安さでもっと高機能高精度、かつユーザが多く情報も豊富なやつがいっぱいあるので、今から始める人はそういうのの方がいいでしょう。 



トラブルシューティング               


と書きつつ出力を待っていたら、完了したはしたんですが。



  

はい。クランプ部品が出力中にベッドから剥がれてしまったようですね。 

ベッドレベリングといって、ベッドはプリントヘッドといかなる位置でも一定距離に保たれている必要があります。
離れすぎるとこのように出力物がベッドにうまく定着せず、逆に近すぎると出力物がつぶれ、最悪ノズルがベッドを擦って破壊するおそれがあります。 


 なのでベッド下のネジを回して、いい感じの位置に合わせてやる必要があるんですが、今回はこれをミスったようですね。

ちなみに最近のきちんとしたプリンタだと、オートレベリングといってこれを勝手にやってくれます。
ベッドの歪み具合を計測した上でヘッドの高さを補正するものが主流でしょうか。

というわけでレベリングをきっちりして再度出力してみます。 

はい。剥がれはしなかったんですが、今度は四隅が反ってしまいました。 

こういった底面より上側が大きい構造、いわゆるオーバーハングは安いプリンタだと苦手な構造です。
こうした反りはプラスチックが冷えた時に発生するので、対策としてはエンクロージャをつけてプリント物をゆっくり冷やす、角のような反りやすい個所ではプリント速度を落とす、逆に反ってしまう前に樹脂が固まってくれるよう冷却ファンの風量を上げるなどいろいろあるのですが、今回はもっと簡単な方法を取ります。 

オーバーハングをそもそもなくすことですね。 

自由のきく設計を、限界の決まっている製造に合わせるのが一番早いです。 


 ということでさっくり再出力。
このくらいのサイズであれば1時間かからず出力できます。


 タッピングはタップ工具(この場合はネジ)を材に対して垂直に保持し、真上から押し込むように力をかけて回す必要があります。
なのでプラスネジとドライバーを使うのが楽です。六角レンチだとたいていL字型なので上から押すのが難しい。


 組み上げるとこう。本体とクランプ部の合いもバッチリです。
ぴったりの寸法で作るとハマらないので、クランプ側を0.2mmほど小さくして出力しています。 


 で、サンドペーパーを20mm幅に切って、 
 

巻きつけてクランプで締めてこうです。 

考えていた通りのものができて満足。

 


まとめ                       

  3Dプリンタは基本的に、コスト的に百均に売ってそうだけど用途がマス向けじゃないので百均の商品開発段階で却下されて売られなさそうな古物を作るのに適しています。
たとえば特定の中華製品を特定の中華製品の側面にマウントすることにしか使えないプラスチックアダプタとか、今回のような形状とある程度の強度さえあればいい上に買うとそこそこ高い物品とか……。 

 3Dプリンタはここ数年で動作させることが目的のホビーから、物品を作るためのツールに進化したといえます。 

 今回は設計から製造までを完全に自前でやりましたが、PrintablesThingiverseなど、ユーザが作った3Dモデルをアップロードするハブサイトもあり、こういったところから欲しいモデルを拾ってきて印刷する手もあります。
一家に一台とはちょっと言いづらいですが、市販品は今一つかゆいところに手が届かない、自分のニーズにぴったり合った小物が欲しいと感じている人は導入を検討してみてもいいんじゃないでしょうか。
なんなら寸法と千円くらいくれれば設計やりますが…… 

 ちなみに今回の紙ヤスリホルダ、完全に記事のために作ったかというとそうでもなく。 

 勢いで買ってしまったマルシンM9ドルフィンHWの表面処理のためでした。 

 これはプラモデルみたいな感じで、射出成型機から出たままの状態で出荷されるキットなため、パーティングライン(型の左右接合線)の処理をしてやる必要があるというのがひとつ。

HW、ヘビーウェイトという亜鉛粉末を混ぜ込んだ特殊樹脂なので、全体を磨いて酸や薬剤で処理してやると色味がよくなるというのがひとつですね。 

これの話はアドカレの枠が余るようだったらしようかな。 

末代アドカレ、明日はおつよん氏です。

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