Maxi Switch Model 2189を買った

あらまし

キーボードは普段は手製のやつを使っており、特に不満もないんですが、たまに古いやつを使いたくなる時があります。
いわゆるレトロハードウェア、コンピュータが一般に普及する前の1980年代とかに作られたキーボードは、高級機械に付属する高級ハードウェアとして作られたためたいそう品質が良かったという伝説があり、憧れがあります。ALPS軸とかバックリングスプリングとかの世界ですね。
またメンブレンキーボードを一度ちゃんと使ってみたいというのもある。ハードオフの青箱からKB-3920でも拾ってこいよという話なんですが、あれだいたい2000年以降の安かろう悪かろうという話だし……

Perixxの新品でも買ってみようかなと思っていたところ、ヤフオクで面白いものを見つけたので購入です。即決3000円+送料1500円だったのでまあトントンでしょう。


ファーストインプレッション


届きました。

Maxi製と商品説明にあったのが興味を惹かれました。聞いたことのないメーカーです。
Telcontar.netのこのページが詳しかったので貼っておきます。1970年代にPC周辺機器製造事業を始め、90年代に破産したようですね。

配列はいわゆる101配列。Windowsキーがないこと、EnterキーがR2列まで上に伸びた結果バックスラッシュキーが上に押しのけられ、Backspaceキーが割を食って短くなっていることなどが一般的なUS配列との違いでしょうか。

キーキャップがベージュとグレーの2色なこと、アメリカの広い国土を象徴するかのごとく上下左右に広がった筐体、カールコードなどレトロ感がたまりません。


接続端子はPS/2……ではなく5ピンのATプラグ。
PS/2USB-Aに変換するプラグが手頃な価格で売っていて助かりました。
現代のマザーボードにもPS/2端子はギリギリ残されており、せっかくなのでこれを使ってみたいと思います。

裏側。


右下のゴム足がもげたようで、左とは形状の違うものに交換され、貼り付けに使ったとみられる接着剤がはみ出しています。使用感という感じ。


ラベルには以下のようにあります。
PN: 2189001-00-411
SN: 0471361   9a9
MAXI SWITCH MEX 05-25-93
最後は怪しいけどおそらく3と思われます。1993年5月25日製造でしょうか。


メキシコ製らしい。"Maxi-Switch had a keyboard plant in Carborca"とあったのでこれでしょうね。当工場は1990年に工場の元経営陣が率いる投資家グループに金額非公開で売却」されたそうですが、製品が出てきているということは操業が続いていたんでしょう。

商品説明には「GキーとHキーが効かないのでジャンク」とありました。
ATプラグ→PS/2変換アダプタが届いたので確かめてみましょう。


と思ったらPCがキーボードを認識したりしなかったりする。
PCを完全にシャットダウン→USBキーボードを抜き、PS/2キーボードのみを接続→起動でうまくいきました。
雰囲気重視でUSBじゃなくPS/2に変換したんですがここで躓くとは思わなかった。


Keyboard Test Onlineとかを使います。Caps Lockキーが入力されないのはわたしの趣味(Ctrlに差し替えている)ですが、結構あっちこっち歯抜けがあります。
左AltとNumパッド側のEnterも効きません。複数あるキーは片方を押すともう片方も入力された判定になるようです。

まあこんなのは想定の範囲内。バラしていきましょう。


分解

裏側6個所のネジを外すと、前後分割された筐体の裏側が外れます。
プラスチックのツメ(劣化して折れやすい)とかゴム足下の隠しネジ(また貼らなきゃいけなくて面倒)とかないのはとても素晴らしい。


キックスタンドもおもしろい。
バネが入っており、スタンドを横から押し込むと回転して飛び出す仕組みです。
収納状態では裏カバー側の切り欠きに引っかかって固定される。こんな凝った機構は最近のキーボードでは見たことがありません。

ただ経年劣化のためか精度不足のためか、どうにも動きが渋い。ここのメンテもリストに加えておきましょう。


基盤部分。腐食やコンデンサの破裂跡がないのはとてもいいサインです。
このマイクロコントローラはちょっと珍しいもののようで人々が沸いていました。
Intel製の8051という数多くの互換品や派生品を生んだ名マイコンのようですが、その本家純正品ということらしいです。

基盤右にある鉄板上の大きいネジを外すと筐体表側も外れます。
常用してるやつはキー20個くらい外してその下のネジを10本かそこら抜かないとバラせないので、こんなに簡単に分解できるのは本当にいいことです。


筐体を外したところ。本当にかっこいい。適当に足つけてこのまま使ってもいいくらいです。


キーキャップ。当然のようにダブルショットです。いやはや素晴らしい。
驚いたのは裏側がCherry軸互換なことです。形が似ているという話ではなく、ちゃんとCherry MX向けキーキャップ(左から4番目)がすんなりと取り付けられます。
Cherryスイッチ自体は1984年から市場に出ているのでオーパーツではないんですが、この時代にキースイッチ差し替え趣味とかあったのかなぁ。


キーキャップを外します。Cherry用のキープラーが使えるのでとても楽。
やはり古いキーボードの宿命としてキーの下にはゴミが溜まります。
掃除機で吸ったりウェットティッシュで拭いたりしつつやっていきます。


キーボードの入力感知基盤はフレキ。薄い樹脂製透明膜に回路を載せたもので、その端っこに接点を出してコネクタに突っ込んであります。
はんだ付けができないのは困るな~とか思いつつ。


裏側左上の基盤を外し、鉄板からキー入力部品を外していきます。
ちょっと困ったのがネジ穴位置。計20本のネジで固定されていますが、使われていない穴がそれと同数くらいあります。
一部はキーステムを支えるプレートとの位置合わせピンが通ってるんですが、ほとんどは何にも使われていない。
なにが困るかって、組立時にハズレの穴にネジを入れると、最悪フレキを貫通し、その上の回路を断線させてキーボードが使用不能になるんですよね。
油性ペンで正しいネジ位置にマルをつけてわかりやすくしておきます。これ工場労働者はどうやって判別してたんだろう。


小ネジを10本抜いたらドライバーの役目は終わりです。これはフレキ基盤。
このどこかがおかしいわけです。探してみよう!


鉄板は単体で684g。音の反響性とか打鍵感とかに影響しそうですね。


修理

テスター1本で頑張っていきます。
原因の切り分けとしては

・動かないキーは毎回固定なので、おそらく物理的な問題
・フレキ基盤をアルコールで拭いても治らないので、接点の汚れではない
・動かないキーに当たっているメンブレン側の導通パッドを、動くキーの接点に当ててみると正常に動くので、これも原因ではない

という感じです。なのでフレキ基盤のどこかが断線していると判断。
基盤が透明なうえに回路が直接印刷されているので、どことどこが繋がっているのかが見やすくて非常にやりやすいです。
黒い部分は露出した導電性パッドなので、そこにテスターを当てると導通の確認ができます。


50分ほどにらめっこした結果勝ちました。
薄膜の上に載っているプリント回路が損傷していました。
ひっかいたら写真のように見やすく剥がれたんですが、初期段階ではちょっと黒ずんでるだけ(上の写真に映ってますね)だったので目視ではわかりませんでした。

これの修理にしばらく悩みました。ハンダはつかないし、プリント回路も薄すぎて、削って導通金属部分を露出させるようなことも不可能です。
結局リード線を使ってジャンパすることにしました。
メンブレン接点部分だけでなく、あちこちにある黒い四角もきちんと導通パッドなので、そこにリード線を貼り付けて回路を再現しようという魂胆です。


右下のNumパッド周辺。ここも同様に対処します。


結果こんな感じになりました。0.5mmのリード線をアルミテープで導通パッドに貼り付け、マスキングテープを上から貼って固定しています。
わたしの技術ではこれが限界でした。動けばいいのだ。


いじってる最中に断線した信号線(白)を治しつつテストします。


いい傾向です!
入力できないキーが増えていますが、Esc、H、左Altなど最初から動かなかったキーが復活しています。
あと動かないキーに法則性が見えますね。たぶんマトリクスが一列まるっと抜けてる感じです。
どうも取り外しを繰り返すうちに、フレキとマイコン基盤を繋いでいるコネクタが緩くなってしまったようです。
金属のクリップで挟むだけの構造なので無理もない。


2mm幅に切った厚紙を二つ折りにし、端子の上へ挟んで圧力を調整します。
安価に入手できて加工しやすく、劣化もしにくい非導電性の素材と考えるとなかなか優秀。


ちょっと減りました。導通していない端子を探して三つ折りにした紙を足します。


大勝利!無事に全キーが動きました。
CapsLockキーはWindowsのPowertoysで左Ctrlに差し替えていますが、これもきちんと動きます。
所要時間は2時間半ほどでした。


清掃


キーキャップとプランジャーを綺麗にします。
そこまで激しく汚れてはいないので、アルコールをつけたウェットティッシュで拭く程度で十分でした。
ちょっと黄変してる気もするけどいわゆるレトロブライトはしなくていいかな。
キートップは軽くシボがついておりザラザラした感触です。
摩耗具合を見るにそこまで使い込まれてはいないのかな?
一文字たりとも損傷していないのはさすがダブルショット。


スタビライザーはインサートを介してキーにワイヤを固定するタイプでした。いわゆるCorsair式。
このタイプはキーを外すのも戻すのもめんどくさいんですよね。ピンセットでうまくワイヤを押し込んでやる必要があります。
ここもいくらか埃が溜まっていたので綺麗にしておきます。たぶんグリスが塗られていてそれがゴミを吸着したのかな。


組立


清掃したプレートにプランジャーを戻して~


メンブレンシートとフレキ基盤をかぶせて~


ネジを正しい穴に戻して~


この段階でもう一度テストをしておきます。パーフェクト!


動きの渋かった飛び出し足は紙やすりで軸を軽く磨いておきます。
筐体側の軸受け部分もヤスリで整える。


また、バネのコイル部分がケース上下分割の断面部分にはみ出して、組立時に挟まりがちです。
これを予防するために8mmのワッシャーを1枚入れておきます。


完成、その後


ケースを組み付けて修理完了です。
肝心の打鍵感ですがどうにもカッスカスでよろしくない。
プランジャーがプレートのチューブを通る際に摩擦が発生している感じです。
特にEnterキーとか顕著で、文字部分を押すと引っかかる感じがあり、そこから強く押し込まないとキーが降りていかない。
届いた状態だとそこまででもなかった気がするので、清掃によってあらかじめ塗られていた潤滑剤が落ちてしまったんでしょうか。


オリジナル性を維持したまま使おうと思っていましたが流石にこれは厳しい。
ので再度バラしてルブします。
Krytox GPL205とかが本来はいいんでしょうけどあれ高くて……
プラスチックを傷めないシリコングリスであればなんでもいいのだ。


プレートのチューブ内側、プランジャーと接触する部分に塗っていきます。
Cherryスイッチを潤滑した時よりは楽でした。30分くらいで塗り終わり。


また組み立てなおして今度こそ完成です。
肝心の打鍵感ですが抜群に良くなりました。常用しているルブ済み赤軸といい勝負ができます。
押下圧が高いのはちょっと趣味じゃないかな。昔80g軸を使ったことがあるんですがそれに近い感じ。多少腕が疲れます。
しかしタクタイル感があるのに打鍵音はガチガチせず押し心地も滑らか、というのはCherry軸では出せない特徴でしょう。ルブした茶軸や青軸もこうはいかなかった。


せっかくなのでタイピング動画も。
高い押下圧に腕が慣れていないので、指の動きが多少オーバーになってしまい、1割くらいミスタイプが増える印象です。
が、それも不快ではなくクセとして楽しめる範囲。

45g赤軸が最高という持論は揺るぎませんでしたが、これはこれで使っていてとても楽しいキーボードです。
なおこの記事はすべてMaxi 2189で執筆しました。


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